屋形船 船宿内田

お江戸で屋形船

タイトル
お江戸で屋形船

 

■初春三人吉三

 「月も朧(おぼろ)に白魚の、篝(かがり)もかすむ春の空、冷てえ風も微酔(ほろよい)に、心持よくうかうかと、浮かれ烏の只一羽、塒(ねぐら)に帰る川端で、棹の雫か濡手で粟、思いがけなく手に入る百両、……ほんに今夜は節分か、西の海より川の中、落ちた夜鷹は厄落し、豆沢山に一文の、銭と違って金包み。こいつぁ、春から縁起がいいわいなぁ。」
  河竹黙阿弥作「三人吉三廓初買」大川端庚申塚の場

■花見

 昔は幕を打ち、あるいは衣服を幕の代わりに幕の代わりに張り連ねて、その内にて酒宴などせしなり。今は、士民は勿論、貴人といえども、幕打ちて、また士民も服をこれに代うる。
  貴人は別荘等にて賞花、その他の所にては、歩きながら観花するのみ。士民も茶屋・茶店に上がり、芝生に座するも、むしろをしき、毛氈を敷くといえども、幕および衣服にて囲むことこれなし。

  天和の写本「紫 一本」に云う、東叡山黒門より仁王門までの並木の桜の下に、花見衆なし。
  松山の内、清水の背に幕走らかして見る人多し。幕の多き時は三百余なり。少なき時も二百余りあり。この外に連れ立ちたる女房の上着の小袖、花むしろしきて酒飲むなり。鳴り物はならず、小唄・浄瑠璃・踊り・仕舞は、咎むることなし。本町・通り町を始め、有徳なるも、さもなきも、町方にて女房、娘、正月の小袖というは仕立てず。花見小袖とて、なるほど手をこめ、結構に伊達なる物好きにしたるを着て出るなり。花よりなお見事なり。花の頃は、空曇りて、大方昼過ぎより雨ふる。しかれども傘をもささず、よき小袖を、すきとぬらして帰るを遊山にも、また手柄にもするなり。

■浅草川川開き

 今夜初めて、両国橋の南辺において花火を上げるなり。緒人、見物の船多く、
また陸にても群集す。今夜より、川岸の茶店、夜半に至るまでこれあり。
  今夜大花火にありて、後、納涼中、両三回また大花火あり。その費は、江戸中、船宿および両国辺茶店・食店よりこれを募るなり。納涼は専ら屋根舟に乗じ、浅草川を逍遥し、また両国橋下につなぎ涼むを、橋間に涼むという。大花火なき夜は、遊客のもとめに応じて、金一部以上これを焚く。

■天麩羅

 京阪にて半平を胡麻油揚げとなし、てんぷらと云い、油を用いざるを半平という。
  江戸にはこの天麩羅なし。他の魚肉、海老等を小麦粉をねり、ころもとし、油揚げにしたるを天ぷらという。この天麩羅、京阪になし。これあるは、つけあげという。
  江戸の天麩羅は、あなご・芝えび・こはだ・貝の柱・するめ。

  天明の初年、大阪にて家僕4,5人を使うほどの次男、年二十七,八ばかりの利助という者、その身より年の二つも上の芸者を連れて出奔し、江戸に下り、余が京橋南町第一街の家なる向えなる
裡店に住みて、ある日ことのついでによりて余が家に来たりしより、常に出入りして家僕のごとく使いなどさせけるに、花柳に身を果たしたる者故に話も面白く、才もありて能く用を弁ずるに故に、惜しき人に銭がなしとて亡兄京伝も戯れ云われき。

  ある日利助云う、 江戸に胡麻揚げの辻売り多し。大阪にては「つけあげ」と云う魚肉の付け揚げはうまきものなり。 江戸にいまだ魚の付け揚げ夜見世に売る人なし。我これをうらんと思うが如何。亡兄云う、それは よき思いつきなり。まず試むべしとてにわかに調じさせし、いかにも美味なり。
  利助云う、これを夜見世の辻売りに売らんに、行燈に魚の胡麻揚げと記さんも何とやら回り遠し。何とか名を付けてたまわれたと乞うに、亡兄暫く思案して筆を採り、天麩羅とかきて見せければ、利助不審の顔ををなし、天麩羅とはいかなる謂われかと問う。

亡兄、微笑みて、足下は天竺の浪人なり。ぶらりと江戸に来たりて売りはじむる物故に天麩羅なり。これに麩羅という文字を下したるは、麩は小麦にて作る、羅はうすものと読む字なり。小麦粉のうすものをかけたと云うことなり。

利助も洒落たる男故、天竺浪人のぶらつき故、てんぷらは面白しとおおきに歓び、やがてこの店を出す時、行燈を持ち来たりて字を乞いし故に、余幼き時に天麩羅と大書して与えし、この天麩羅一つ4銭にて、毎夜売り切るほどなり。さて一月もたたざるうちに近辺諸所にててんぷらの夜店出で来て、今は天ぷらの名油のごとく世上にしみわたりて、この越後の小千谷までも天麩羅の名を呼ぶことを一奇事というべし云々。といえるは実説か。


八月十五夜賞月(月見) 

今夜月に団子を供す。江戸にては、机上中央に三方に団子数々を盛り、また、花瓶に必ずススキを挿してこれを供す。江戸の俗、今日もし他に行きて酒食を饗さらるか、あるいは宿すことあれば、必ず九月十三日にも再び行きて、今日のごとく宿すか、あるいは酒食を饗さるることとす人あり。これをなさざるを片月見といいて、忌むこととす。

(近世風俗志(五)岩波文庫より)